「仏壇を拝む」とはどういう意味か? 仏壇供養の一休からのお知らせ | お仏壇の処分・引取り・回収なら【仏壇供養の一休堂】

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2019.08.30すべて

「仏壇を拝む」とはどういう意味か? 仏壇供養の一休からのお知らせ

みなさまのちょっとした疑問にお答えさせていただきます、仏壇供養の一休と申します。

ご参考いただけますと幸いにございます。

それではご質問の紹介です。

Q,「仏壇を拝む」という言葉を耳にしますが、どういう意味でしょうか?

A,仏壇に拝む行為は手を合わせて合掌する。つまりは誰かにお願いをする形になりますので、要は「不安や心配を仏様に聞いていただく」ことになります。

みなさま日々お忙しい毎日を送られていると思います。その中で様々な不安事や心配事が訪れると思います。
そしてそのような時にみなさまはどう対処されているでしょうか?
身近なご家族や友達、お知り合いの方など信頼できる人に相談したり、インターネットを活用して(ヤフー知恵袋など)同じ境遇の方に着たりするのもいいでしょう。はたまた自分自身の中で押し殺している方もいるかもしれませんね。
そのような方々はご自宅やご実家にお仏壇があるのでしたら一度お参りをしてみたください。
人に話せない、話しにくいことも仏壇に祀られているであろう仏様(ご本尊様)に聞いていただく、お伝えする方が気持ちとしては楽になります。
ただし、このとき決して「お金持ちにしてください」とか「世界が破滅しますように」なんて利己的なお願い、事故欲が強く出るような願いはしないようにしましょう。
自分の人生と向き合うことは仏様に向き合うことと同意義になります。

よくばかりの人生は決して良くありませんしうまくいくはずもありません。
決して欲を出さずに下からお願いする形で行いましょう。

ではお次に仏様に対してよこしまなお願いをしてはいけないと申しましたが、いったい仏様はどういう後利益を私たちにもたらしてくれるのでしょうか?
仏教には「同事(どうじ)」という言葉があります。
同事の意味は相手の立場に立つという意味で、仏様は私たちの苦しみや苦痛などを我がごととして考えてくれているそうで、仏様は私たちと同じ目線で見てくれています。
すなわち自分自身に問いかけていることにもあたると言えます。

ですので自分だけが苦しい思いをしているのではなく、仏様も私と一緒になって苦しんでくれる、自分の悲しみも分かってくれる。
このように考えると自分は一人ではない、心強い味方がいつも一緒だと思うことができるはずです。
仏様と一緒ならば心が豊かになって、いつもよりも苦難などに対して前向きに立ち向かえるでしょう。

まとめになりますが、お仏壇は自分を映す鏡、心のよりどころともいえる存在となります。